理解できない相手がいる時の対処法は、全てマンデラが教えてくれた。




先日、こんなツイートが世界中を駆け巡りました。

■オバマ元大統領のツイート、300万以上の"いいね"で史上最多に 「肌の色や信仰の違う人を...」
http://www.huffingtonpost.jp/2017/08/16/obama-charlottesville-protests_n_17763706.html

ー画像はオバマ氏のTwitterより


"No one is born hating another person because of the color of his skin or his background or his religion..."
肌の色や出自や信仰の違う他人を、憎むように生まれついた人間などいない。

"People must learn to hate, and if they can learn to hate, they can be taught to love..."
人は憎むことを学ぶのだ。そして、憎むことを学べるのならば、愛することも学べるだろう。

"...For love comes more naturally to the human heart than its opposite." - Nelson Mandela
愛は憎しみよりももっと自然に、人の心に根付くはずだ。―ネルソン・マンデラ


こちら、先日のアメリカのバージニア州シャーロッツビルでの白人至上主義者やネオナチの支持者らと反対派の間で激しく衝突したという事件に対し、米国のオバマ元大統領が南アフリカの故ネルソン・マンデラ元大統領の発言を引用したツイート。
こちらの引用文は、マンデラ氏の自叙伝『自由への長い道』の中に記されています。

自由への長い道(上) ネルソン・マンデラ自伝


先日、南アフリカに行ってきた我が身としては、とても懐かしいような、それでいて初めて見る気にもなるような、そんな面持ちでこのツイートを見ました。
南アフリカは、すでにアパルトヘイトが終結しています。実際に行った南アフリカは、端からすると全てが綺麗に整えられているかのように見えました。

それでも、少し見続けていると、様々なところで人種の差、肌の色の差を感じる事柄も多く存在していることに気づきます。
住む場所が制限されていたり、食べられるものも違ったり、遊びに行ける場所も偏っていたり。

途中で会った黒人の男性が言っていたことが、脳裏から離れません。

『マンデラはこの国の英雄だ。でも、まだこの国は戦いの最中にいる。』


生まれながらの姿によって肯定されたり否定されたりする、生まれが違うのは昔も今も未来も変わらずにあり続けるはずなのに、そんな世界が続いていくのはなんとも苦しいものですよね。
そんな世界を、ひたすらに変えていったのがマンデラ。
その創り出した世界は完全なものではもちろんないけれども、それでも世界は良い方向に進んでいる、それだけは間違いないでしょう。

ちなみに、マンデラ氏の話に関しては、120日間ブログを共にしてきた世羅が、30章分記載をしているので、こちらをぜひご笑覧ください。

■【目次】今日から始まるネルソン・マンデラ30日特集
https://serayumi.wordpress.com/2017/08/13/



さて、この日本に生まれた身からすると、なかなかその人種の違いというところには目を向けにくいというのが事実です。
ですが、人種の違いを人の違いと捉えるとどうでしょう。

私めの本業にて、過去から今に至るまで様々な組織の支援をさせていただきましたが、この『人との違い』というところで悩みを抱えることが、組織の、そして組織人の大半の悩みの源泉です。

通常の組織コンサルのように一部の決裁者やリーダーたちと話すのではなく、我々の場合は対象の組織の現場1人1人を個別で支援しているのでかなり細かくその組織のモジュールを把握させていただいておりますが、どこでも起きる悩みは、本当にこの『違い』が全ての大元です。

『違う』部分も、本当に様々です。
働き方に関する考え方、プライベートに関する捉え方、仕事の仕方、マネジメントに対する認識、優先順位の付け方、話し方、お金の捉え方、などなど。


マンデラが言うように、もともと自分とは異なる人のことを憎む、というのは人にインストールされているOSではありません。

では、憎みをインストールしてしまうことを前提とした時に、どうしたらいいのか。


その異なる部分が発生する理由を考えれば良いのです。
自ら行動しながら「これは自分の意に反するぜ!」と思いながらやる・続けるという人はそこまでいませんん。基本的に、自分自身が正しいと思うからこそ、思考し行動するのです。

そう、異なる部分の背景には、人の『正義』なるものが存在します。

人が行うこと、それは自分がいかに納得できなくても、相手にとってみたら相手の『正義』なわけです。
相手は『正義』と思ってやっているからこそ行動するのであって、それが自分の『正義』とぶつかった時に、それを互いの『違い』として認識するのです。


相手にとってそれが正義である、ということを認識することができたら、あとは自分の問題です。
それを相手の『正義』と認識したあとも、「いやでも自分の『正義』は違うから!」と突っぱねるのか、
それとも互いの『正義』をうまく折り合いをつけるためにはどうしたら良いのか考えるのか相談するのか。


もう一度、オバマのツイートもとい、マンデラの言葉を引用してみましょう。

"No one is born hating another person because of the color of his skin or his background or his religion..."
肌の色や出自や信仰の違う他人を、憎むように生まれついた人間などいない。

"People must learn to hate, and if they can learn to hate, they can be taught to love..."
人は憎むことを学ぶのだ。そして、憎むことを学べるのならば、愛することも学べるだろう。

"...For love comes more naturally to the human heart than its opposite." - Nelson Mandela
愛は憎しみよりももっと自然に、人の心に根付くはずだ。―ネルソン・マンデラ


互いの『正義』さえわかれば、あとは自らの努力で愛することができます。

いま理解できない人がいるのであれば、まずは相手の『正義』を見つけてみるのはいかがですか?

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