ビジネスの世界に、思考ではなく体感覚を。



『手を信じる』

最近聞いた、とても印象的な言葉だ。

これを聞いて、心の中の余計なものがなくなっていったのを覚えている。



先日、DODAさんのメディア『"未来を変える"プロジェクト』が開催するイベントに行ってきた。
こちら、数年前より時々参加させていただいており、いつも素晴らしき勉強機会をいただいている。(というか、私がリピートして参加させていただいているイベントはこちらだけだ)
"未来を変える"プロジェクト:https://mirai.doda.jp/

今回は、その場で出会った方々と「未来のビジョン」創りを通して、いかに強い繋がりを作るか、という内容であった。
何が独特かって、それをLEGO®Serious Play®を使うことで実現しようとするものだ。

LEGO®Serious Play®、みなさまはご存知だろうか。

LEGO自体はみなさまが想像するようなこれ↓だが、LEGO®Serious Play®とは何か。



■LEGO®Serious Play®とは?

私がとやかく言うより、提供する会社の説明を引用しよう。


ビジネス上の問題解決には、論理を尽くした議論を優先しがちです。各人の感性:「心」で考え直し、感性で捉えたことをまた論理で考えてみる、この相互作用が問題解決を効果的に促進します。
シリアスプレイ™は、遊びと学びの融合の中に、問題解決のプロセスを巧みにおり交ぜた、「新しい学びの道具」といえます。大人でも子供でも、世代や上下関係を超えて、参加できるのが特徴です。
チームの個々人が、自分の考えを素直に表す、また、他のメンバーから、多角的な視点で自らの考えに啓発を受けるのが最初のステップです。チーム全体が、このプロセスを共有することにより、個々人の考えが、次元の高い、ダイナミックな考えへ統合・昇華することができます。
ーRobert Rasmussen and Associates. http://www.seriousplay.jp/seriousplay3.html



簡単に言うと、何かしらお題を与えらえて、それに対してLEGOで作品をつくる。
その作品を作り終えた後に、他者にその作品を創った理由やパーツ毎の意味を説明することで、自身の内面に気づくというものだ。

ずっと前からやってみたかったのだが、今回ついに行うことができた。




そんな場を通して、私と私のチームメイトが作った作品はこちらだ。


■作品紹介1(所要時間3分)
「未来の生命体」というお題に対して私が創った。ここで私が思い描いた「未来の生命体」は、"飛ぶ"と"体の一部かほぼ全部が機械化されている"というキーワードを持つものだった。
これには、私が幼少期より空を飛ぶということへの憧れを持っていたということと、いかに人が人体の限界を超えていくかということについて最近考える機械が多かったというのが影響している。


■作品紹介2(所要時間5分)
「自身が思い描く未来のビジョン」というお題に対して私が創った作品。
写真のアングルからは分かりにくいのだが、私はこれで社会・世界・コミュニティなどの人の集合体が、それぞれの目的や意図を実現するために、多様性溢れる個々の力を活かして進んでいく様を表現している。



■作品紹介3(所要時間 議論しながら30分)
各人が「未来のビジョン」を作成した時に、一番大切だと思うパーツをチームメンバーで集め、そのチームが目指す「未来のビジョン」を作成した。
合理と非合理、光と闇、様々なる二面性をもち、それらの狭間でどちらもの良さを理解し活かしており、それでもって人の個性は形成されている。そして、人により個性は様々だ。多様な個性同士がゆるく繋がり合い、その繋がりを活かして全員が共感しあう目指す社会に対して全員で突き進んでいく。一人一人の個性を発揮することが大事である。ただ、その繋がりは絶対的なものではない。時には人がその繋がりに加わり、時には人がその繋がりから離れ、そのような有機的な動きをしながら未来を目指していく。そんな繋がりが世界の至るところにある。それが我々チームが目指す「未来のビジョン」。
※こちら、すでに私というフィルターが入ってしまっているのでこの説明には独自解釈が入ってしまっていることはご考慮いただきたい





話を冒頭に戻そう。

『手を信じる』

この言葉からわかるかもしれないが、この作品たちは、作成中には何も考えていない。
特に何も考えずに、出来上がった後に、発言する際に口から出るに任せて説明を進める。


最初、これらのお題に対して作品を創る時、私はなんとか考えてつくらないと、、、と考えていたものだが、

司会の方からこの言葉があった。

『手を信じてください。考えずに。手が創りたいように創ってみてください。』



これを聞いた時、私はとても気が楽になったのを覚えている。

「考えなくていいんだ、、、!」と。




普段生活をしていると、どうしても思考せざるを得ない。そんな方は多いだろう。
学校に通っていても、仕事をしていても、どうしても考えないと何も進まない。
気がつけばそうなってしまう。


思い返すと、私は学生時代、ほぼも考えずに直感的に全てを選択していた。
ひたすらに無心で茶道をやっていた時間が長かったし、それに合わせてゆるりゆるりと過ごしていたところがあるのだと思う。
さて、今はどうか、どちらかというとかなり考える時間をたくさんたくさん持ってしまっている。
それが悪いことではないのだが、直感的に動いたり、理路整然としていないこと(少なくとも自分にとって)は排除するようにしてしうことが多い。

もともとそのようなことは好きではあるし、できるだけ考えないで感性を研ぎ澄ませようと、本や映画、舞台や音楽、茶道やヨガなどを取り入れるような生活をしているつもりだが、それでも昔と比べたら濃度が薄くなっている。


だが、今期この言葉を聞いて、すごく心が晴れたのだ。

『手を信じる』

ああ、とても心地よいなと。



もちろん全ての時間から思考を排除するといっているのではない。
ビジネスの世界の中にも体感覚を取り入れるのだ。

体感覚を取り入れるのをプレイベートだけにするのではない。
仕事の中で体感覚を実現するからこそ、仕事に直接的に活きる。


まずは、仕事をする中で、絵や声でその物事を表現してみる、そんなところからでいい。

そんな些細なところから始めるだけで、少しずつ周りの世界が違って見えてくるのではなかろうか。




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