1人のロールモデルを"目指す"時代から、複数人のロールモデルを"組み合わせる"時代へ。
今とこれからの世界を分析しながら、そんな時代をどのように生きるか、といった内容が65ページに渡り掲載されており、先週から今に至るまでネット上では感想やそれに対する考察などが多々流れていた。
この6ページ目には、以下のような言及がなされている。
かつて、人生には目指すべきモデルがあり、
自然と人生設計ができていた。
今は、何をやったら「合格」「100点」か分からない中で、
人生100年、自分の生き方を自分で決断しなければならない。
世の中は昔より豊かになり、日々の危険やリスクは減っているはずだが、
個人の不安・不満をこのまま放置すると、社会が不安定化しかねない。
我々は、再び「権威」や「型」に頼って不安・不満を解消するのではなく、
「自由の中にも秩序があり、
個人が安心して挑戦できる新たな社会システム」
を創るための努力をはじめなければならないのではないか。
不安な個人、立ちすくむ国家 - 経済産業省
http://www.meti.go.jp/committee/summary/eic0009/pdf/020_02_00.pdf
終身雇用、新卒一括採用、年功序列、、、
そんなシステムの中にあった昔は、直属の上司が数年後の自分、その上の上長は10年後の自分、と、上を見れば自身のこれからがある程度想像できたのだろう。
猛烈に働いて、経済状況も右肩上がりで給料も上がり、結婚し、子供ができて家や車を買い、、、という流れは誰もが通る道筋のはずだった。
だが、今となってはどうだろう。
終身雇用は崩れ、年功序列は次第に薄れ、大きな組織ですら不況に喘ぐ。
猛烈に働くのではなくワークライフバランスが唱えられ、働き方も多様となり、努力しても給料は上がらず、結婚はもはや幸せの1つの形にしか過ぎず、家や車など固定資産はリスクになる時代になってきた。
東日本大震災以降のSNSの普及で様々な人の仕事の私生活がネット上に拡散され、互いに知ることが可能になり、隣の芝は青い状態が連続的に起き、互いに互いの生活を羨み憧れ、自身の生活や人生に対しての不安が募る。
何を信用して良いのか、誰を目指して良いのか、どうやって進んで行けば良いのか、判断することは個人に委ねられている。
ただ、これは日本だけで起きていることではない。
この資料で『人生100年』と言及しているのは、『LIFE SHIFT』から引用しているのだろうが、この本の中ではこのような状態が世界中で加速し、これからもっと可及的に進行していくことを示唆している。
『LIFE SHIFT』は昨年発売された本であるが、これからの人生スパンはどんどん延び、100年に渡り生き続ける時代になってくる、そのためには仕事の仕方、生活の仕方、考え方、どれも変えていかねばならないと述べている世界的大ベストセラーであるが、その中でもこちらにリンクする部分を以下に引用してみたのでぜひご覧いただきたい。
昔ながらの3ステージの人生 では、人生の計画と自己内省はほとんど必要とされなかった。それは、確実性と予測可能性がある人生だったからだ。しかし、人生が長くなれば、不確実性が拡大する。将来、どのような種類の職があるか?どのような教育が必要とされるか?自分がどういう人物になるか?なにを目標とするか?
こうした点について予測できないことが多いため、未来に向けて自分が歩む道としてまっすぐの一本道を描くことはできない。そのような未来の道筋を描けば、現実離れした単純すぎるシナリオになってしまう。
ーLIFE SHIFT 100年時代の人生戦略(リンダ・グラットン/2016)
LIFE SHIFT(ライフ・シフト)
こちらも見比べてみて、どのように思われるだろうか。
「目指すべきモデルがあり、自然と人生設計ができていた。」
「人生の計画と自己内省はほとんど必要とされなかった。それは、確実性と予測可能性がある人生だったからだ。」
これまでが上記のような世界だったことは、どんな国のどんな世代の方もそう思うのではないだろうか。
ある意味、自分の目指す"先輩"みたいな存在がいて、あの歳になったら自分もあんな生活をしているんだろうな、と想像するのである。
具体的な行動や考え方の模範となる人、という意味で"ロールモデル"という言葉があるが、これまでの世界ではそんな"ロールモデル"が1人であるというのが一般の認識だったのかもしれない。
では、これからの世界ではどうだろうか。
自分が目指す会社の先輩は気がつけば会社を辞めて転職している、よく一緒にご飯を食べていたご近所さんは突然日本を出てバンコクに引っ越し自分だけでビジネスを始める、大学時代の先輩で会社を辞めて海外の大学院にいく人が増えてくる、、、
そんな、自分が参考にしていたような人が自分が考えないような行動や考え方を持つことが、これからどんどん加速度的に増えてくる。
そんな世界において、
「個人が安心して挑戦できる新たな社会システム」
「予測できない未来に向けて自分が歩む道のりづくり」
これを実現するために必要なものは何か?
私はこのように解釈している。
それは、
複数の人を"ロールモデル"として、その各人の一要素ずつを組み合わせて自身を形成すること。
実際、思い返してみると私自身も"ロールモデル"を1人挙げて!と言われて思い浮かぶ人はいない。
だが、複数人挙げてと言われると何名も思い当たる。
今の会社の社長、昔インターンしていた会社の社長たち、時々伝統芸能を教えていただく家元の方々、はたまた大好きな小説や研究書の作者たち、、、
どの方に対しても尊敬して止まないところがあり、いつの日か自分も手に入れたいという考え方やスタンスがある。
私は、おそらくその方々の一要素を少しずつもらって、組み合わせて自分の人生を歩んでいる。
その人が増えたりすることはあると思うが、おそらく、これからもそうだ。
そんな方々の"組み合わせ"を自分は追い求めていくことであろう。
みなさんも頭の中で、"ロールモデル"について、5秒ほど考えてみてほしい。
どんな人たちが脳内に浮かんでくるだろうか。
それぞれのどんな要素を"組み合わせた"、どんな自分を追い求めていくだろうか。
「予測できない未来に向けて自分が歩む道のりづくり」
これを実現するために必要なものは何か?
私はこのように解釈している。
それは、
複数の人を"ロールモデル"として、その各人の一要素ずつを組み合わせて自身を形成すること。
実際、思い返してみると私自身も"ロールモデル"を1人挙げて!と言われて思い浮かぶ人はいない。
だが、複数人挙げてと言われると何名も思い当たる。
今の会社の社長、昔インターンしていた会社の社長たち、時々伝統芸能を教えていただく家元の方々、はたまた大好きな小説や研究書の作者たち、、、
どの方に対しても尊敬して止まないところがあり、いつの日か自分も手に入れたいという考え方やスタンスがある。
私は、おそらくその方々の一要素を少しずつもらって、組み合わせて自分の人生を歩んでいる。
その人が増えたりすることはあると思うが、おそらく、これからもそうだ。
そんな方々の"組み合わせ"を自分は追い求めていくことであろう。
みなさんも頭の中で、"ロールモデル"について、5秒ほど考えてみてほしい。
どんな人たちが脳内に浮かんでくるだろうか。
それぞれのどんな要素を"組み合わせた"、どんな自分を追い求めていくだろうか。
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